エッセイ
  幻覚の街ーセビリア
甘美な午睡(シエスタ)を貪る白昼夢
 
 
セビリアの夏は凶暴性を帯びて
 あなたがもし、真夏のある暁方マドリードから一番経済的な夜行バスでセビリアに到着したならそれは、かなり賢明にして勘のいい旅人といえるだろう。寝不足のあなたの眼に茫洋と映るバス駅のオレンジ色の外燈を透して、まるで夢の続きのようにぼんやりと眺める街の佇まいは、中世からの眠りを貪る猛獣のようにひっそりとしている。
 数世紀前の年号を冠してがっしりと閉じたアラビア風唐草模様の民家の鉄扉の脇を通って、仄(ほの)かにジャスミンの花の匂いを含んだ空気を吸い、足の裏に食い込む古い石畳を感じて街へと彷(さまよ)い出る時、すでになにか不思議な力に引き寄せられているのに気づいたとしたら、あなたは繊細な神経の持ち主である。
 いまだ人々の謳(うた)ってやまないカテドラルのヒラルダの塔に吸い寄せられ、無数の牛と闘牛士の血で洗われて聖なるマエストランサ闘牛場辺りで濃いコーヒーを飲んで、静かな水面を曙の光に燦(きら)めかせるグァダルキビール河の渕に佇むころ、オレンジ色の街燭に滲んで朦朧としていた半刻前の千夜一夜は、濃紺(プルシャンブルー)から薄紫色へと明けてゆく空のもとに街の輪郭を顕わして、刻一刻と白熱したベールを剥ぎとってゆく。
 カサブランカのような旧ユダヤ人街の迷路に出口を見失って途方に暮れるころには、真青(トルコブルー)に貼りついて異様なほど青い空が凶暴性を帯び始め、アフリカの裸の太陽が爪を立てるのを眩暈(めまい)のうちに痛く感じる。
 暑さは極に至るとうっすらと寒気を催す。
 かくして日陰の価値は、ここアンダルシアの夏に絶対値であることを知る。街並も人々の生活もすべてが、ここの苛酷な夏にだけ照準を合わせられているのに思い至る。人々は自然に抗うのが無駄であるのを悟っていて、いかに防御するかに素早い獣のように本能的だ。

栄華の夢の中に密封された街、セビリア
 白昼夢のゴーストタウン。
 昼下がりの魔の刻に目を覚ましているのは、物陰に潜んであなたを狙っているかっぱらいや辻強盗たちだけである。貧困と失業、麻薬と犯罪は容易に解決しない。庶民は、固く門戸を閉ざして飽くほど飲み食らい、官能のおもむくままに甘美な午睡(シエスタ)を貪っている。
 ここの頑ななエゴイズムと底抜けの享楽主義は、深い諦念に支えられている。それは単に気候風土によるだけでなく、かつてローマ人やアラブ人に征服、再征服されてきた永い争奪の歴史と、フランコの独裁政権の時代が、そしていまだ確固とした宗教(カトリック)と階級制度とが、宿命論の礎を不動にしている。
 セビリアは、かつての黄金時代から没落するがままに、決して続くことのない栄華の夢の中に密閉されている。しかしその、夢の中に発酵した底知れない魔の世界にふれたものは、多くの旅人のように時を忘れ、旅を忘れてしまうかもしれない。
 この地で、今世紀最後の万博が催されようとしている。
 しかしほとんどの人が、砂漠の蜃気楼ほどにもそれを信じていないのは、性急なる民主主義と資本主義の気球に乗って、現実的な夢をぶち上げようとしている上層部のヨーロッパ指向に対する、したたかにしてアラビア的なアンチテーゼではないだろうか。
 人々はそして一九九三年以降に起こりうるパニックからすでに身を翻(かわ)しつつ、秘かにそれを愉しみにすらしている。
 ここも次第に変わりつつあるが、数世紀を経て開くことのなかった歴史の扉をこじ開けることは難しい。

 あなたはセビリアの旅を終えて、ふとタイムトリップしてきたかのような気がするのではないだろうか。
 あるいは、セビリアそのものが幻覚だったと。
 
(1992年日本放送協会出版から刊行された川成洋編「わたしのスペイン」に収録。原文は縦書き)
*セビリア:現在はセビージャと発音・表記されていますが、ここではあえて旧表記を用いました。
   
■エッセイ 09年博多ロス・ピンチョスライブレポート | アンダルシアへようこそ 
幻覚の街セビリア | AIRE JONDO | 黒繻子の詩人