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エッセイ |
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アンダルシアへようこそ |
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ルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」という、あのシュールレアリズムの前衛・実験的映画を、実際に当時のアンダルシアのイメージと結びつけて見た人は少なかったのではないだろうか。
事実私も十代の頃息をつめるようにして数回見たその映画の内容はほとんど覚えていないのだが、眼球をカミソリで切り裂く衝撃的なシーンと脈絡もないようなイメージの氾濫という印象は、「ミシンと傘の、解剖台上での出会い」(ロートレアモン)と同じく理解を超えたものとして深く脳裡に刻みこまれることになる。
後年、半年余のマドリッド生活を切り上げてアンダルシアのセビージャに棲(す)むようになった時、それは帰路を断ってというような状況だったにもかかわらず、当時は悲壮感もなく自然の成りゆき、心に木霊(こだま)するフラメンコの調べに導かれて辿りついた、一つの結果にしかすぎなかった。
まさに人の生きることは巡礼に似ている。
いや、巡礼が生きることの縮図なのかもしれない。
セビージャに住み始めたばかりのある日、といっても八月末も九月もその容赦ない陽光は燃え上がって四十度をはるかに超す暑い午(ひる)下がり。
白く乾ききった街並みは過熱してゆがみ、ひたすら遅い日暮れのかすかな涼風を俟(ま)って、打ちのめされていた。
そんな無用の一刻に、そこの風土の苛酷さも自らの体力の限界も識らない新参者は、気はやって闇雲に歩き回ったりする。
ふと気づくと同じ広場や路を堂々回りしている。
しかも辺りは、何かただならない気配なのである。
小さなバルに佇(たたず)むアル中や麻薬中毒の男たち。
つんと漂うハシシの匂い。
徘徊する浮浪者をからかっては脚を組み替えて立つ超ミニスカートの娼婦たち。
飛び交う罵声。
アラブ風の珠暖簾(たまのれん)の店から顔と脛を出してお喋りに余念のない男娼たち。
そして狭い間口の店の外で涼をとる半裸の怖ろしく太った女。
その太腿も露わに坐った大股開きの娼婦の形相に、思わず足を速めて通り過ぎようとすると、
「お姉ちゃん、ちょっとこっちへおいで」
と手招きされ、意外と気はいいのか、
「何処へ行きたいの、路の名前を言ってごらん。
ああその路はねえ、ええと。。。」
と、破顔して笑いながら教えてくれる。
私はしどろもどろに礼を言って、ほっと胸をなで下ろし、やっとその妖しい界隈を(といっても繁華街のほんの少し裏手なのだけれど)あわてて抜け出す。
その時、今いた情景にフェリーニの視線が重なって灼きつく。
その後の日々に、しばしば私は日常の瞬間からブニュエルの映像の、異形の感覚が逆光の中に蘇ってくるのを、視た。
ダリのグロテスクを危うく美に形象化したイメージに、現実に遭遇した。
ピカソのキュビズムの時代のデフォルメされた女たちに、出会った。
巷の女たちの語りはロルカの戯曲作品に似て、地中海の古代を辿ったパゾリーニのギリシャ神話へと通じていた。
そして千夜一夜アラビアン・ナイト物語のエロス・タナトスは、アンダルシアの祝祭空間に生きている。
中庭を擁した白壁の家々に鮮やかなゼラニウムやブーゲンビリアの花が咲き乱れ、蒼穹にアラブの時代から雅びなヒラルダの塔が伸びる。
中世から息を止めたかのようなセビージャの街並み。
たわわに実をつけたオレンジの街路樹。
海へと流れるグァダルキビール河。
そして、享楽的で陽気そうなアンダルシアの人々。
その残酷なまでに明るい景観は、ブラックホールをたたえた底知れない闇からあぶり出された幻のように、影が濃い。
そしてまさに陽球炎上の劇的な日没のあと、紺青の夕闇に教会の尖塔(モスク)が残像の中に沈んでゆく一瞬、闘牛場(コロシアム)では血まみれの闘牛の断末魔に、闘牛士の衣装が燦(きらめ)く。
ジャスミンやダマ・デ・ノオチェ(夜の貴婦人)の花が香り、フェルナンダ・デ・ウトレラの唄う「ソレア」が啜(すす)り哭(な)くように、アンダルシアの大地を通底する。
その慟哭は、甘やかに魂を揺さぶり、痛みの爪痕を残す獣(プリィミティブ)の叫びなのだ。
黄泉(よみ)の国。
私は秘かにアンダルシアを、そう名づけるだろう。
沙漠の蜃気楼に忽然と現われる桃源郷(オアシス)。
幻視者たちの街。
アンダルシアの超現実的(シュール)な世界にようこそ! |
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(2000年記、のちに加筆) |
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